故 おおたか静流さんのこと。

あなたとチームが幸せになるためのコーチです

おおたか静流さんとのわっはっは!

音楽療法士向けのワークショップに講師の一人として招かれた時のこと。


2022年9月5日 音楽家 おおたか静流さんが亡くなった。
10/23に49日を迎え記事をアップする。


音楽療法士向けのワークショップに講師の一人として招かれた時のこと。

友人の音楽療法士から、詳しいことは現地でと、いつものように(笑)初めての会場に行くと、初めて見る開催案内がありました。なんとメイン講師はおおたか静流さん。

講師おおたか静流さんのサポートをその場で仰せつかったわけです。

おおたかさんをお迎えしてリハーサルは無し。
打ち合わせでは、「私のやることに付いてきて。(ファシリテーターとして)参加者をひっぱって」それだけ。

集まった20名ほど参加者は、その道10年20年の音楽療法士たち。
音大出身者など、それなりの基礎と実力があって音楽療法士の仕事に長く従事されている方ばかり。高い利他精神を持っている方ばかりです。

正直、心の中ではいろいろと起きていましたが、依頼者の要望には200%で応えるのが当たり前です。私の全てを投げ出しても200%でお応えは難しいなどと、怯んでいる暇もありませんでした。

じゃぁ始めまーす。といって、おおたかさんはその場の状況に合わせて、とにかくあらゆる手を即興的に繰り出してどんどん進みます。わっはっはと笑ったり、叫んだり、変顔したり、転がったり、手を叩いて踊ったり。。。

追い込まれた私は、多勢に無勢。四面楚歌。背水の陣。そんな言葉と情景が一瞬、脳裏に浮かびます。

おおたかさん指示→私→参加者の順に進んでいきます。
私より、参加者の方が上手じゃない?とか怯んでいる隙もありません。
おおたかさんはそんな事はお構い無し。私のこともきっちり利用して、次々に音楽療法士の参加者に課題を与えます。
1時間びっちりのワークショップ、私はヘトヘト、おおたかさんはケロリ。

ほんとうに妖精なんじゃなかろうか。

最後に「では、みなさんに愛を込めて歌います。」と歌ってくださったのは、
The Voice is Coming

この日、多くのことを全身で学びました。
おおたかさんにバシバシに鍛えられた日でした

CMで知った憧れの人は、その時、大活躍中

おおたか静流さんといえば、日本はもとより世界中の音楽家や芸術家との共演を重ねる歌手であり作詞・作曲はもちろんアレンジも行う音楽家であり、即興パフォーマーでもありました。その顔と名前をしらなくても、実は多方面にたくさんの音楽や歌声を提供していたので、日本中の誰もが必ずその声を耳にしたことがあると言い切っても良いほどです。たくさんのCM音楽、映画や舞台の音楽、有名ゲームの音楽など数えきれないほどの作品に関わっています。名前が出ない作品も少なくないようです。

この音楽療法士向けワークショップの依頼を受けた当時、おおたか静流さんはNHK教育の「にほんごであそぼ」シリーズの音楽を担当されていて、KONISHIKIさん/野村萬斎さん/野村万作さんらと共に、作編曲やコーラスなどの歌唱に加えて自らもご出演。「でんでらりゅうば」「ぴっとんへべへべ」など、ひびのこづえさんデザインのセットと衣装を纏い、子供たちと共演する姿でその存在を新たな世代に広く知られるようになっていました。


お酒の席もとにかくパワフル&明るくて、とあるライブの打ち上げでご一緒したときに
マネージャーでもあった「人間」の旦那さんがまた優しさと愛が溢れている方で、
ほんとにうらやましいというか、うらめしいというか(笑)
お二人を益々好きになってしまっていました。

遡ること、数ヶ月前の雪山の宿舎での歌

初対面は遡ること、数ヶ月前、雪に埋もれた山間の宿舎で非公開の子供向けワークショップがありました。当時、公私に渡り支援していたフリースクールの子供たちのために、先生が招聘していたのです。
おおたかさんは「しずりん!って呼んでね!妖精なの!」そして私のことを「●●ちゃん!」って愛称で呼んでくださいました。子供でも理事長でも、誰に対しても同じように立ち居振る舞う、真にフェアネスな姿が印象的でした。
一緒に歌ったり、踊ったり遊んだりのワークショップの後のことでした。
その夜、私や参加者した子供たちとのやりとりの中の、些細な、ふとしたきっかけで、私自身のとても辛かった経験と感情が心に湧き起こってしまった瞬間がありました。誰にでもある、墓場まで持って行くような話です。ほんの一瞬なのですが、おおたかさんは見逃さず、だまってじっと私を見てから。「私ね、そういうの放っておけないの。」と言ってから「じゃぁこれ歌おう。今まだ作ってる最中なの。」と言って手書きの譜面を見ながら歌い出しました。プライベートな時間帯でしたから、「妖精専用」のメガネをかけていて、しかも、ペンでぐるぐるに大きくしたオタマジャクシを追いながら16小節ほどの未完のメロディを聴かせてくれました。

おおたかさんに16小節の癒しを施された日でした。

自称妖精。真の姿は女神。女神による音楽。

観客としてライブを観る以外には、ほんの数回ご一緒させていただいただけで多くを語ることは失礼かも知れません。それでもこれだけの大きな存在だったのは、やはりたくさんの作品を世界に産み出してきたこと、常に全身が音楽や自然に満ちていて、水が湧き出るように歌い、舞い踊り、笑い、語る姿、また、弱きに寄り添って満たして下さったあのエネルギーはやはり計り知れません。

真に、降臨していた女神が音楽を奏でていたのだと感じます。

音楽を奏でる女神のエフィカシー

思い入れが強すぎて、読者のセルフコーチングに働きかける仕掛けを忘れてしまいそうです。

世界的なアーティストだったおおたか静流さんが亡くなったのは2022年9月。
訃報は友人の音楽家から。そして告別式があるのを知ったのはその前夜。
コロナ禍のために、ご家族だけで小さな葬儀を予定をされていたそうです。
にも関わらずたくさんの方が参列されていました。

名だたる一流アーティストからのお花が所狭しと並び、おそらくは予想を遥かに上回る参列者で会場から外に溢れていました。

女神は「自分のこと」を歌ったことがあるだろうか。

あの人にしか出せない声で、あの人にしか出来ない着想のアレンジで、どこの国にいるのかわからなくなる時空を超えるメロディで。


奏でられていたのは、いつも、誰かのことを思いやる歌だったように思う。

即興のセッションでも、常に、自由自在に変容する。
共演者はもとより、その場にいるスタッフや観客までもがその場で一体となるような感覚。
一般的につかわれるカリスマを頂点とするヒエラルキー型のアーティスト像とは異る。

全抽象度を同時に往来しながら、その場にいる全員と関わりながら、縁起を変化変容させていく。
だから、彼女のライブではアマチュアもプロも全体の一部として完全に存在して機能していたし、どんな会場であれ、満足な音響が整っていなくても、すべてが「うまくいった結果」を迎えていたのだと思う。

すべての縁起を見つめて、縁起に働きかける力を備えていたようです。


人は亡くなると物理が拡散し、情報だけになる。

情報だからちょっとスキルを磨くと誰でもアクセスできるようになる。

だからね、次は私たちがその役を引き継ぐんです。

それぞれの持ち場で、それぞれの方法で。


あんな凄い事できない?なんて思う隙はありません。
「私たちにも必ずできる。」
そう信じた方が、できる可能性が高まるのですから。